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福岡高等裁判所 平成9年(う)205号 判決

本籍

熊本市南坪井町三番

住居

同市湖東二丁目三四番一四号

会社役員

田中英昭

昭和二八年一月三〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成九年四月二二日福岡地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官金田茂出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人福地祐一提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官金田茂提出の答弁書に、各記載されているとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決は被告人を懲役六月(三年間執行猶予)及び罰金五〇万円に処しているが、本件の犯情にかんがみるならば、右懲役刑についてはやむを得ないものがあるとしても、これに罰金五〇万円を併科した点において量刑が重すぎて不当である。というのである。

そこで、原審記録を調査して検討するに、本件は、被告人が青木澄子、岩本信一、亀山輝也のほか、脱税工作等を請け負っていた夢工房サンコー有限会社の濵畑康正、高原博喜、木場英幸、朝木正生と共謀の上、青木の土地売却に伴う譲渡所得税に関し、平成七年三月一〇日、西福岡税務署において同署長に対し、青木の平成六年分の実際の分離課税の長期譲渡所得金額が四七二一万五九〇〇円、総合課税の総所得金額が一一八万二六九一円で、これらに対する所得税額が合計で一一九七万五五〇〇円であったにもかかわらず、債権者を被告人、債務者を岩本、保証人を青木とする四五〇〇万円の架空の貸金債務及び保証債務を設定し、同女が前記土地の売却代金で右保証債務を履行したものの、その求償権の全部を行使することができなくなった旨仮装する方法によりその所得を秘匿して、同年分の分離課税の長期譲渡所得金額が二二一万五九〇〇円、総合課税の総所得金額が一七四万八五七七円で、これらに対する所得税額が五三万六九〇〇円である旨内容虚偽の所得税の確定申告書を提出し、正規の所得税額との差額一一四三万八六〇〇円を免れたという所得税法違反の事案であるところ、関係証拠によれば、被告人は、知人の岩本を介して知り合った夢工房サンコー有限会社会長濵畑並びに同会社専務高原らが営利目的で脱税工作を請け負っており、同人らに脱税依頼人を紹介すれば口利き料として金銭を入手することができることを知り、自らも脱税依頼人を探し出してこれを濵畑らに取り次ぎ利得を得ようと考え、共犯者亀山を通じて青木が土地の譲渡所得税額を安く済ませたいとの希望を抱いていることを聞き出し、共犯者岩本を通じてこのことを濵畑らに取り次いだ上、同人らの指示、指導のもとに前記架空の債権債務を設定するなどして一一四三万円余の脱税を実行し、その報酬として青木から濵畑らに八〇〇万円が支払われ、その中から被告人は八〇万円、岩本は一〇〇万円を受け取ったものであることが認められる。

所論は、本件脱税工作において被告人が果たした役割は従属的にすぎないこと、本件が新聞報道されたことで社会的制裁を受け、また逮捕勾留されたことで事業遂行に支障を来し営業上の損失を蒙ったこと、被告人は受け取った八〇万円を既に返還していること等からすれば、被告人に罰金刑を併科したのは重すぎて不当であるというが、およそ脱税事犯に対し罰金刑を併科する趣旨は、財産刑を科することにより脱税行為が経済的にも引き合わないことの感銘を得させるとともに、かかる犯罪の再発を防止しようとすることにあると解されるところ、本件脱税によって直接不法利益を収めたのは納税義務者である共犯者の青木であるけれども被告人も脱税依頼人を脱税工作グループに紹介して口利き料名下に八〇万円の不法な金銭を取得しており、更に、脱税の手口、方法を考案したのは前記夢工房の濵畑や高原らであって被告人は単にその指示、指導に従っただけであるとしても、被告人は、積極的に脱税依頼人を探し出して濵畑らに取り次ぐなどした上、本件の脱税工作にあたっては、四五〇〇万円という巨額の架空の借用証書に債権者として記名されることを承諾し、更にその保証人の青木から右金額の返済を受けた旨の領収書をも被告人が作成するなど、その偽装工作において重要な役割を果たしているのであって、犯情は甚だ芳しくないというべきであり、かかる諸事情に加えて、被告人が右八〇万円をその後返還して不法利益をもとに戻したとしても、それは原状に復しただけで被告人に経済的損失を生じたわけでなく、これをもって経済的制裁に代替するものということはできないことなどをも勘案するならば、原判決が被告人に対し罰金刑を併科したことは相当といわなければならない。また、所論は、被告人が受け取った報酬の額が岩本のそれより二〇万円少ないこと、原判決の時点で被告人は右八〇万円を全額青木に返済していたのに対し、岩本は一〇〇万円を分割して返済する約束をしていたにすぎなかったのに、被告人と岩本が同じ刑の宣告を受けたのは均衡を失している旨主張するが、記録から認められる右両名の本件犯行関与の具体的な態様を比較検討し、更に岩本には前科が全くないのに対し、被告人は、昭和五六年一月二二日業務上過失傷害罪により罰金一五万円、昭和六〇年五月一四日職業安定法違反により懲役一年六月、三年間刑執行猶予(右執行猶予を取り消されることなく同期間を経過した。)に各処せられた二件の裁判歴があること等をも勘案するならば、被告人に対する原判決の量刑が岩本に対するそれと同一であったことをもって所論のいうような均衡を失したものということはできない。

そうすると、被告人は本件で逮捕されたことが実名入りで報道されたことなどにより社会的制裁を受け、また身柄を拘束されたことにより被告人の営業にも影響が及んだこと、被告人は妻と三子及び被告人の母親の家族があること、その他被告人が示している反省状況や被告人の年齢等、被告人のために酌むことのできる諸事情を充分考慮しても、被告人に対し罰金五〇万円を併科したことを含め原判決の量刑は相当であって、これが重すぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 神作良二 裁判官 谷敏行 裁判官 古川龍一)

控訴趣意書

被告人 田中英昭

右被告人に対する御庁平成九年(う)第二〇五号所得税法違反被告事件について、弁護人の控訴の趣意は左記のとおりである。

平成九年七月九日

右弁護人 福地祐一

福岡高等裁判所第二刑事部 御中

一、原判決は、被告人に対し所得税法違反の罪となるべき事実を認定し、被告人を懲役六ケ月及び罰金五〇万円に処し、三年間右懲役刑の執行を猶予した。

被告人自身、本件について所得税法違反の犯罪の成立を自認しているところであり、原判決が被告人を刑の執行猶予を付した上で六ケ月の懲役刑に処したことはやむを得ないと言わざるを得ないが、罰金五〇万円を併科したことは相当でなく量刑不当であり、破棄さるべきである。

二、原判決は、被告人罰金五〇万円を併科した理由として、本件が報酬目的での脱税工作の請負という悪質な事案であること、及びこの種犯行におよぶことが経済的にも割の合わないものであることを被告人に認識させ、社会一般に知らしめることを挙げている。

そして、被告人が本件で得た報酬を既に青木に返済していること等を考慮しても、主文程度の罰金刑を併科することが相当である旨判示している。

三、しかしながら、原判決が、本件脱税工作において被告人が従属的な役割を果たしたにすぎないことを認定して、被告人の懲役刑の執行を猶予する事情の一つとして指摘しながら、他方で、本件が報酬目的での脱税工作の請負という悪質な事案であることを理由の一つとして、罰金刑を併科したことは首尾一貫しないと言うべきである。

また、被告人は、今回本件で逮捕され実名入りで新聞報道されたことにより自らの信用を失墜させただけでなく、身柄拘束を受けた間、被告人が代表取締役を務める有限会社英和実業の業務の停滞を招き、数字に表わせない大きな経済的損失を受けたものであって、改めて罰金を併科されずとも、本件犯行が経済的に割に合わなかったことを十分過ぎる程認識したはずである。

従って、原判決の被告人に対する罰金併科の理由は是認できないというべきである。

四、ところで、原判決の被告人への量刑は、相被告人であった岩本信一と同一であったが、岩本は、被告人に対し、浜畑を頂点とする脱税グループ夢工房への脱税の依頼者を紹介するように執拗に勧誘していたごとく、被告人に比し夢工房への関わりの度合も深く、本件の報酬も被告人より多額に受け取っており、犯情は被告人より重いと考えられる。

しかも岩本は、被告人とは異なり、受け取った報酬を青木へ分割返済する旨の約束をしただけであって、現実には返済していない。

しかるに、原判決が、被告人に対し、岩本と同一の五〇万円の罰金を併科したことは被告人と岩本との犯情の相異を無視し、被告人が本件で得た報酬八〇万円を現実に青木に全額返還したことを正当に評価しておらず、不当である。

よって、原判決は破棄さるべきである。

以上

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